境界面で遊ぶ

機能不全家族育ちの人間が望みの生活を手に入れるまでとその後の話

愛着障害との長い闘い

確か22、3歳くらいの頃だったでしょうか、私はある研究者の方に出会いました。

といっても直接お会いしたのではなく、本の中で、でしたが。

岩月謙司氏です。

かれこれ15年近く前の話なので記憶が曖昧なのですが、「女性が恋愛において自分を大切にしてくれない(と当の女性にとっては感じられる)男性ばかりを好きになって傷つくのは何故なのか」ということを愛着理論を基に解説した著作でした。

 

私はそれまでは恋愛に多少は関心があるものの、どうしたら上手く行くのか分からない、という状態だったのですが、岩月氏の著作を読んで一気に恋愛に対する意欲を失いました。

というのも、氏の著作を要約すると、

 

父親との関係に問題を抱えている女性は、父親によく似た欠点を持っている男性に惹かれがちである。

幸運にも父親と全く違うのタイプの男性と付き合っても、当の女性側がおかしな言動をして別れてしまうことが多い。

それで、父親似の男性とばかり付き合って傷ついたり、父親と似ていない男性と別れた後に大後悔したり(後の祭りである)する。

これは再演技化(リイナクトメント)や不成功防衛によるものである。

 

というようなことが書かれていました。

 

なんだ~、じゃあ父と似てない人と付き合えばいいんじゃんと思えればそれでよかったのですが、そう単純にはいきませんでした。

父と似ていない人は男だと意識しにくいからです。

父に男性的魅力を感じているわけでは断じてありません(むしろ毛嫌いしている)。

父親=(性別が)男という刷り込みが強すぎるため、自分の父と似ていない男性は、自分が思っている男の特徴を備えていないがゆえに、どんなにいい人でも男だとは思えない、つまり恋愛対象として魅力的に感じにくいのです。

 

それじゃあ、父親と同じタイプで欠点が許容範囲の男性と付き合えばいいじゃんという話なのですが、いかんせん、自分に自信がありません。

そんな魅力的な人が自分なんかを相手にしてくれるわけないじゃんという発想になります。

結局、恋愛をしようと思えば、父親と似ている欠点を持つタイプと付き合うことになってしまい、傷つくのは目に見えています。

それで、いい年頃なのにも関わらず、恋愛はまだ自分には早いと諦めたのです。

 

そして恋愛でボロボロになるのを避けて、自信(自己肯定感)を高めることはある程度はできました。

父親と系統は似ているものの欠点は少ない男性にアプローチする勇気が湧くようになり、その人と結婚しました。

 

ところが、父親に似た人は私の愛着障害的傾向が出やすい人でもあります。

夫は私にとっては男性としても人としても魅力的なので、何ごともなければ関係は良好です。

しかし、何かが起こって私の不安感が強まったとき、愛着障害特有の言動が出ることがあります。

 

最近、自分でも やってしまった… と後悔する出来事があったので、これを機に愛着障害のことをもっと勉強してみようと思います。

新しい人生のテーマが見つかったのでワクワクしています。

 

閑話休題 その4 「生きづらさ」の克服2

自分の「生きづらさ」の原因が親だと自覚して、それを許せないという気持ちが湧き上がったときに、大雑把に分けて、
  1. 親とより関わろうとする
  2. 親から離れる

の2パターンがあるかと思います。

 

どちらを選ぶかは自分がどうしたいかで決めるのが一番ではありますが、親自身のタイプによって、どちらを選ぶか決断しやすくなる場合があります。

 

私の両親を例に挙げますと、母に対しては1が有効で、父に対しては2です。

 

私の母は心に余裕がないときは言動がおかしくなりますが、普段は至極まともです。

本音で語り合って理解し合うことができます。

ただし、私の言うことを理解できるがゆえに自分の過ちにショックを受け、罪の意識から償いたい、もっと面倒を見てやりたいと子離れしにくくなる恐れもあります。

 

一方、父は自身の親への恨みに囚われすぎているところがあり、こちらが真剣に向き合おうとしても上手く行きません。

父自身が自分と向き合うことを避けているのです。

我が子と真剣に向き合うということは自分と向き合うことでもあり、親と真剣に向き合うということもまた、自分と向き合うということでもあります。

どちらか一方にその気がなければ、対話は成立しません。

 

「親が許せない」と感じたときに、どうすれば気持ちが一番楽になるのか、感情をいったん脇に置いて、一人でじっくりと自分と向き合うのがいいと思います。

 

もちろん、1のパターンが有効な親に対しても最終的には2、つまり親離れ、自立を目指すのが本筋です。

 

私自身が親子関係に問題があっただけに父の辛さも分かりますし、母の気持ちも有難いのですが、やはり親離れ・子離れを促すために父母の思いを断ち切るのが妥当であろうと思います。

 

 

 

閑話休題 その3 「生きづらさ」の克服1

「生きづらさ」を感じるのは「生きる力」が十分に身に着いていないからであり、そうなった原因は「自分はこの世に存在していていいのだ」という実感が得られていないためである、という主旨の話を前回の記事でしました。

 

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 まずは自分の存在意義を実感するところから始めるのが手順でしょう。

通常、自分の存在を全面的に認めてくれるのは「養育者=親」くらいのものです。

しかし、すでに親からはその実感をもらい損ねており、今から欲しがったところでどうにもなりません。

他人から得ようとするのも難しいでしょう。

相手が親友や恋人、配偶者であったとしても同じことです。

その人は自分の親でも何でもなく、本当の父母のような愛を与える理由など全くないからです。

残るは自分しかいません。

自分自身で、親が子を愛すように、かつて幼い自分がそうしてもらいたかったように、自分を包み込むしかないのです。

 

しかし、頭ではその事実を納得できても、感情は追いつかないことが多いでしょう。

当然もらえるはずだった途轍もなく大切な「親からの愛」をもらい損ねたのですから、その怒り、恨み、憎しみ、悲しみは計り知れません。

 

そのような感情を覚えること自体は間違っていません。

しかし、そのような感情に身を任せて、自分をさらに傷つけるような行いをすると「生きづらさ」を克服する道から遠ざかってしまいます。

 

 

自殺を思いとどまった話・その後

20歳そこそこで前回の記事のような経緯で

 

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 もう親は私の保護者じゃねーわ

全然あてにならん

と当たり前のことに気づきました。

というか衣食住の物質面では世話になったものの、昔から精神面でのケアは望めなかったので今更だったのですが。

 

今後からは環境の変化(もしくは悪化)のたびに情緒が不安定になるとまずいので、原因を取り除くことにしました。

原因は親の育て方なのですが、それを言っても無駄なので自分で何とかするしかありません。

根本的な原因は

物事を真面目に、深刻に受け止めすぎるところじゃね?

と思ったので

もーちょいいい加減になろう!

と決めました。

 

そういうわけで、どう見ても真面目に考えたほうがいい状況(大学を中退して何か役にに立ちそうなことをせずにふらふらしている)をしばらく続けていました。

そのおかげで親を含め周囲の人間から心配されたり非難されたり呆れられたりしていました。

そうこうしているうちに以前の記事で書いた身内の介護問題が起こり、

 

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 これを乗り切るのに当時の私の遊軍のような立場と、肉親に対する冷めた見方を持ち、精神が危うくなったときに立て直す方法を身に付けていたことが大いに役立つことになったのです。

 

自殺を思いとどまった話

前回の「大学をドロップアウトした話」と同時期、20歳前後の頃の話です。

この記事はこの頃の心の状態の比較的明るい面の話だったのですが、暗い面も同時に起こっていました。

 

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当時、 私は大学進学のため実家を離れて一人暮らしをしていました。

生活環境の変化がきっかけとなり、子供の頃からのストレス過多で疲れ切っていた精神が限界に達し、うつの症状が表れはじめました。

大学に通える状態ではなくなり、休学して実家に帰りました。

自宅療養中、重度のうつ特有の無気力状態から回復し、多少のやる気が出てくると死にたくなりました。

肝心の子供の頃からの心の問題が消化できていないので、無気力・無感動の状態から抜け出したというのに、そのエネルギーをロクでもない方向に向けたのです。

下記の記事のような機能不全家族の家庭で育ったので、健全な自己肯定感に欠けていた、つまり幼い頃に親に全面的に存在を受け入れられた経験がなかったためです。

 

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 幸いなことに私には病識があったので、自分の状態はおかしいということが分かっており、即座に自殺を決行しませんでした。

試しにカッターナイフを手首に当ててみたり、精神科でもらった睡眠薬を飲まずに溜めてオーバードーズを計画したりはしていましたが。

当時は人間不信に陥っていて、このような心情を親にも精神科医にも相談できませんでした。

一人で解決しなければならなかったので、自分の中に「希死念慮を持つ患者」と「それを止める相談役」を作り出しました。

相談役に「この薬を飲めばいつでも死ねるよ。だったら今じゃなくてもいいでしょ。もう少し生きていようよ」とか「処方してもらった睡眠薬は安全性が高いものでしょ? 大量に飲んでも死ねないどころか後遺症が残って今より辛い状態で生きていかなければならないかもよ」とか「もっとたくさん溜めないと致死量までいかなんじゃない?」とか時間稼ぎしてもらいました。

 

そうして時間が経つにつれて、自分が死んだらどうなるか想像する余裕が出てきます。

確実に想像できるのは、私の親が「生きてさえいてくれれば良かったのに」と嘆き悲しんでいるところです。

それは私が子供の頃に必要としていた自分の全存在を肯定している姿でした。

 

何とも悲しく、虚しいことでした。

私の両親は我が子に全面的肯定=無償の愛を与えられる心を持ちながら、その機会を逸してしまったのです。

死んだ後に与られても無意味ですが、生きていたとしても既に大人の年齢になった私は親の愛を貰ったところで子供の頃のように満たされることはないと思いました。

 

この悲しい生き物、力を持ちながら発揮できなかった両親の心は、私が死んだら死ぬでしょう。

私は自分一人で死ぬつもりでしたが、少なくとも二人の人間を同時に殺してしまうでしょう。

このか弱い生き物、我が子を亡くしただけで生ける屍になる生き物をどうして道連れにできるでしょうか。

私は自殺したかっただけで、殺人はしたくはなかったので、死ぬのをやめることにしました。