境界面で遊ぶ

機能不全家族育ちの人間が望みの生活を手に入れるまでとその後の話

どこからが浮気か問題

先日、夫にどこからが浮気と認識するかという話題を振ったのですが、結論としては、両者とも異性と約束して二人きりで食事したらで一致しました。

 

人によっては潔癖すぎる感じがするかもしれませんが、もともと私と夫の人付き合いのスタイルは似ており、わざわざ約束して異性と二人で会う(デート)をするのは恋人になる可能性のある者同士が踏むステップという共通認識があるため、配偶者がいる以上は必要ない行為だと見做していたため、あっさりと同意見に。

 

これがどちらかが異性の友人と二人で会うのは普通と思っていたら、もう少し込み入った議論になったところですが。

夫はどうなのか分かりませんが、私は相手に何をされたら浮気と思うかではなく、自分が何をしてしまったら相手に浮気を疑われても仕方ないかという視点で考えています。

どちらも答えは同じ異性と約束して二人きりで過ごしたらなのですが、前者の視点は自分がどういう人間でどんな人が好みなのか考えるときや相手に自分の気持ちを分かって欲しいとき、後者は建設的な話し合いの時に有効かと思います。

 

私個人は面倒くさがり屋で、浮気のような手間の掛かることはやる気が起きないので夫以外の男性とデートすること自体があり得ないことです。

ですが、夫と対等な関係で話し合いたいと思っているからには、相手が自分と同じ考えとは限らないということを常に頭において、感情的にならずに相手の意見を聞いて双方が納得する着地点を一緒に探るのが大切だと思っています。

相手に何をされたら~と考えていると、それをされて嫌な自分の方に気がいってしまい、自分はこうだけど相手はどうなのかという視点が抜けてしまいがちになるように思います。

 

私は割と思い込みが激しく、それを欠点だと思っているのですが、逆に言えば意思の強いところは長所でもあるので、ただ自分の考えを抑えるだけでは欠点を直すどころか長所を殺すことになってしまいます。

しかし、自分の考えを貫き通すことは時には周囲との衝突を生み、大事な人との関係を悪くすることもあるでしょう。

第一、自分の思いが大切なら、相手も自分の思いを大切にしてることは当然だと考えなければ筋が通らない話になってしまいます。

 

そういう事情で、何か疑問が生じたときは目的(この場合は浮気に対する価値観の違いに悩まされずに穏やかに暮らしたい)に沿うように問いの立て方を工夫することで、頑固な性格が悪いほうに出ないように気を付けるようになりました。

 

というか書いているうちに自分の思考過程を追うのが面倒くさくなってきました…

^^;