境界面で遊ぶ

機能不全家族育ちの人間が望みの生活を手に入れるまでとその後の話

自殺を思いとどまった話

前回の「大学をドロップアウトした話」と同時期、20歳前後の頃の話です。

この記事はこの頃の心の状態の比較的明るい面の話だったのですが、暗い面も同時に起こっていました。

 

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当時、 私は大学進学のため実家を離れて一人暮らしをしていました。

生活環境の変化がきっかけとなり、子供の頃からのストレス過多で疲れ切っていた精神が限界に達し、うつの症状が表れはじめました。

大学に通える状態ではなくなり、休学して実家に帰りました。

自宅療養中、重度のうつ特有の無気力状態から回復し、多少のやる気が出てくると死にたくなりました。

肝心の子供の頃からの心の問題が消化できていないので、無気力・無感動の状態から抜け出したというのに、そのエネルギーをロクでもない方向に向けたのです。

下記の記事のような機能不全家族の家庭で育ったので、健全な自己肯定感に欠けていた、つまり幼い頃に親に全面的に存在を受け入れられた経験がなかったためです。

 

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 幸いなことに私には病識があったので、自分の状態はおかしいということが分かっており、即座に自殺を決行しませんでした。

試しにカッターナイフを手首に当ててみたり、精神科でもらった睡眠薬を飲まずに溜めてオーバードーズを計画したりはしていましたが。

当時は人間不信に陥っていて、このような心情を親にも精神科医にも相談できませんでした。

一人で解決しなければならなかったので、自分の中に「希死念慮を持つ患者」と「それを止める相談役」を作り出しました。

相談役に「この薬を飲めばいつでも死ねるよ。だったら今じゃなくてもいいでしょ。もう少し生きていようよ」とか「処方してもらった睡眠薬は安全性が高いものでしょ? 大量に飲んでも死ねないどころか後遺症が残って今より辛い状態で生きていかなければならないかもよ」とか「もっとたくさん溜めないと致死量までいかなんじゃない?」とか時間稼ぎしてもらいました。

 

そうして時間が経つにつれて、自分が死んだらどうなるか想像する余裕が出てきます。

確実に想像できるのは、私の親が「生きてさえいてくれれば良かったのに」と嘆き悲しんでいるところです。

それは私が子供の頃に必要としていた自分の全存在を肯定している姿でした。

 

何とも悲しく、虚しいことでした。

私の両親は我が子に全面的肯定=無償の愛を与えられる心を持ちながら、その機会を逸してしまったのです。

死んだ後に与られても無意味ですが、生きていたとしても既に大人の年齢になった私は親の愛を貰ったところで子供の頃のように満たされることはないと思いました。

 

この悲しい生き物、力を持ちながら発揮できなかった両親の心は、私が死んだら死ぬでしょう。

私は自分一人で死ぬつもりでしたが、少なくとも二人の人間を同時に殺してしまうでしょう。

このか弱い生き物、我が子を亡くしただけで生ける屍になる生き物をどうして道連れにできるでしょうか。

私は自殺したかっただけで、殺人はしたくはなかったので、死ぬのをやめることにしました。