境界面で遊ぶ

機能不全家族育ちの人間が望みの生活を手に入れるまでとその後の話

閑話休題 その3 「生きづらさ」の克服1

「生きづらさ」を感じるのは「生きる力」が十分に身に着いていないからであり、そうなった原因は「自分はこの世に存在していていいのだ」という実感が得られていないためである、という主旨の話を前回の記事でしました。

 

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 まずは自分の存在意義を実感するところから始めるのが手順でしょう。

通常、自分の存在を全面的に認めてくれるのは「養育者=親」くらいのものです。

しかし、すでに親からはその実感をもらい損ねており、今から欲しがったところでどうにもなりません。

他人から得ようとするのも難しいでしょう。

相手が親友や恋人、配偶者であったとしても同じことです。

その人は自分の親でも何でもなく、本当の父母のような愛を与える理由など全くないからです。

残るは自分しかいません。

自分自身で、親が子を愛すように、かつて幼い自分がそうしてもらいたかったように、自分を包み込むしかないのです。

 

しかし、頭ではその事実を納得できても、感情は追いつかないことが多いでしょう。

当然もらえるはずだった途轍もなく大切な「親からの愛」をもらい損ねたのですから、その怒り、恨み、憎しみ、悲しみは計り知れません。

 

そのような感情を覚えること自体は間違っていません。

しかし、そのような感情に身を任せて、自分をさらに傷つけるような行いをすると「生きづらさ」を克服する道から遠ざかってしまいます。